タイトル

第5章: 「彩音との対話と気づき」

神谷美紀は、アトリエの片隅で一人、未完成のキャンバスを見つめていた。完璧を追い求めるあまり、作品はいつも途中で止まってしまう。締め切りは迫り、時間は足りない。それでも筆を進めることができない自分に苛立ちを感じていた。

(どうして私はこんなにも不完全なんだろう……)

深夜のアトリエで悩む美紀

ため息をつきながら、美紀は疲れ切った身体を椅子に沈めた。そのとき、スマートフォンが震え、画面に「彩音」の名前が表示された。彼女とは最近、まともに話していない。心のどこかで避けていた自分に気づき、胸が痛んだ。

勇気を振り絞って電話に出ると、彩音の少し緊張した声が耳に届いた。

「美紀、久しぶり。元気にしてた?」

「彩音……うん、まあ。でもちょっと忙しくてね」

「そうなんだ。実は、話したいことがあって。時間あるかな?」

美紀は一瞬ためらったが、このままでは何も変わらないと思い、頷いた。

「うん、大丈夫。どこで会おうか?」

「クィル・アンカでどうかな?」

「あの画材店のカフェね。わかった、じゃあ後で」

電話を切った後、美紀は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。彩音と向き合うことへの不安と、彼女に会いたいという思いが交錯していた。

電話を受ける美紀

クィル・アンカのカフェは、穏やかな音楽と絵具の香りに包まれていた。美紀が店内に入ると、彩音が窓際の席で手を振っていた。彼女の表情もどこか硬く、緊張しているように見えた。

「来てくれてありがとう」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

二人は注文を済ませると、しばらくの間、互いに言葉を探すように沈黙が続いた。やがて、彩音が意を決したように口を開いた。

「美紀、最近あまり話せてなかったけど、どうしてる?」

美紀は視線をカップに落とし、答えた。

「うん、ちょっと作品作りがうまくいかなくて。時間が足りなくて焦ってるの」

「そうなんだ……私も似たような感じかも」

カフェで話す美紀と彩音

彩音の言葉に、美紀は意外な気持ちで顔を上げた。

「彩音も?」

「うん。実は、展示会の後からずっと描けなくなってて。美紀が頑張ってるのを見ると、自分が情けなく思えて、つい避けてしまってた」

「避けてたって……私の方こそ、彩音に合わせる顔がなくて」

美紀は胸の奥が熱くなるのを感じた。お互いに同じような気持ちを抱えていたのだ。

会話する美紀と彩音

「美紀、私、本当はずっとあなたに話したかった。でも、自分の弱さを見せるのが怖くて……」

彩音の目には涙が浮かんでいた。

「私も同じだよ。完璧を求めるあまり、自分を追い詰めてた。彩音に弱いところを見せたくなくて、無理してたんだ」

美紀の声も震えていた。

「美紀……」

彩音はそっと手を伸ばし、美紀の手に触れた。

「もう、お互いに無理するのはやめよう? 私たち、親友なんだから」

美紀はその言葉に救われる思いだった。ずっと抱えていた孤独や不安が、少しずつ溶けていく。

「うん、ありがとう。彩音とこうして話せて、本当に良かった」

和解する美紀と彩音

その後、二人はゆっくりと自分たちの思いを語り合った。

「私、完璧じゃないと認めてもらえないって思い込んでた。でも、それが自分を苦しめてたんだね」

美紀がつぶやくと、彩音は深く頷いた。

「私も同じ。誰かと比べて自分を責めるんじゃなくて、自分のペースで進めばいいんだって、最近ようやく気づいたの」

「そうだね。お互いに助け合いながら、少しずつ前に進もう?」

「うん、一緒に頑張ろう!」

笑顔で頑張る美紀と彩音

二人は笑顔を交わし、新たな一歩を踏み出す決意を固めた。


夕方、店を出ると柔らかな風が二人を包んだ。美紀は心の中に灯った小さな光を感じていた。

「今日は本当にありがとう。なんだか心が軽くなったよ」

「私もだよ。これからは何でも話そうね」

「もちろん!」

別れ際、二人は再び笑い合った。

別れ際に笑う美紀と彩音

帰宅した美紀は、アトリエに向かい、キャンバスの前に立った。完璧を求めるのではなく、自分の感じたままを描いてみよう。そう思うと、筆が自然と動き始めた。

(これでいいんだ。私は私のペースで)

美紀は初めて、心から描く喜びを感じていた。彩音との対話が、彼女にとって大きな転機となったのだ。

楽しそうに絵を描く美紀

その夜、美紀は穏やかな気持ちで眠りについた。明日からは新しい自分で歩んでいける。そう信じて。