第8章: ルカとの決戦

時が来た――漆(うるし)はその感覚を全身で感じていた。過去改ざんを巡る数々の出会いと謎が、ついに終局に向かって動き出している。そして、その中心に立っているのは、他でもない自分だった。

ルカ――過去を改ざんし、未来を救おうとしていた男。しかし、その行動は数え切れないほどの混乱を引き起こし、世界の時間はさらに歪んでいった。漆はそのことを永綴(えいてつ)から知り、そして彼自身がその時間の歪みを正すために選ばれた存在であることも悟っていた。

未来を守るため、ルカを止めなければならない――そう強く決意した漆は、深い闇の中へと足を進めていた。

夜が訪れる頃、漆は廃墟のような場所に立っていた。空は暗く、雲に覆われた月がかすかに光を放っているだけだった。風は冷たく、静寂が支配するその場所で、彼はただ一人、ルカの現れる瞬間を待っていた。

数日前、漆は永綴に書かれた未来の記述から、ルカとの対決の場所と時間を見つけた。ここでルカが現れ、何か大きな歴史を変えようとしている。それを阻止しなければ、未来は取り返しのつかないことになる――そう永綴は告げていた。

「これで、すべてが決まるんだ……」漆は小さく呟きながら、震える手で秩序のペンを握りしめた。まだ自分の力に完全な自信はなかったが、それでもこの一戦にすべてを賭ける覚悟はできていた。

対決の場面のイメージ

その時だった。

漆の前に、ふわりと霧が立ち込めた。まるで霧が生き物のように彼を包み込み、やがてその霧の中からゆっくりと一人の男が現れた。

長い黒いコート、鋭い眼差し――ルカが、静かに漆の前に姿を現した。

「待っていたよ、漆。」

その声はいつも通りの冷静さを保っていたが、どこかその奥に覚悟のようなものが感じられた。ルカもまた、この瞬間が運命の決戦だと理解していたのだろう。

「ルカ……これ以上、過去を歪めることは許さない。」

漆は歯を食いしばりながら、彼に向かって一歩踏み出した。彼の体には恐怖と緊張が走っていたが、それでもこの場で引き下がるわけにはいかない。

ルカは少しだけ微笑み、漆をじっと見つめた。

「君がそれを言うとはな……だが、君も知っているはずだ。未来を救うためには、過去を変えざるを得ない。」

その言葉には、強い信念が込められていた。ルカもまた、未来を守るために行動している――だが、彼の方法は誤っている。漆はそのことを理解していた。

「たしかに、未来は重要だ。だけど、過去を何度も変えれば、時の流れが歪み、もっと大きな混乱を招くんだ。」

漆は永綴に記されたルカの行動の結果を思い出しながら、彼に向かって言い放った。ルカの改ざんが引き起こした時間の歪みは、すでに多くの未来に悪影響を及ぼしていた。

「ルカ、お前がやっていることは、未来を救うどころか、逆に滅ぼしているんだ!」

漆の言葉に、ルカの微笑みが一瞬だけ消えた。しかし、彼はすぐに冷静さを取り戻し、ゆっくりと首を振った。

「君はまだ分かっていない。過去を変えずして、どうやって未来を救うつもりだ?」

「未来を救うためには、過去の修正が必要だ。」

ルカの声には確信があった。彼もまた、未来のために戦っていた。しかし、その方法が間違っていたことに気づかないまま、彼は過去を何度も改ざんしていたのだ。

漆は、震える手で永綴を開いた。そして、秩序のペンを握りしめ、ルカに向かって言葉を投げかけた。

「俺が、未来を正す。」

その瞬間、時間が静かに動き出した。

ルカが目を細め、漆に向かって手を伸ばした。彼の手には黒いペンが握られており、それもまた時を操作するための道具であることは漆も感じ取っていた。

二人の視線がぶつかり合い、次の瞬間、激しい光が辺りを照らした。漆は秩序のペンを使い、時間の流れを守ろうと全力を尽くした。ルカもまた、自分の信じる未来のために力を振るった。

過去と未来が交錯する激しい戦いが始まった。

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時間の流れが歪み、二人の力が激突する度に、過去の一場面が目の前に現れては消えていく。漆は永綴を使い、ルカの行動が引き起こした時間の歪みを修正しようとするが、それは容易なことではなかった。

ルカは冷静な表情を保ちながら、次々と過去の場面を書き換えようとしていた。それに対抗するため、漆は必死に秩序のペンを使って正しい時間の流れを取り戻そうとした。

「君にはまだ力が足りない!」

ルカが叫び、再び時の流れを変えようとする。しかし、漆はその言葉に屈せず、目の前の真実を見据え続けた。

「俺には、守りたい未来があるんだ!」

漆は全身の力を振り絞り、秩序のペンを振るった。その瞬間、光が辺りを包み込み、二人の戦いがクライマックスを迎えた。

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すべてが静かになった。

光が収まり、漆は息を切らしてその場に立っていた。ルカもまた、疲れた表情で彼を見つめていた。二人の間には、言葉にできない重い沈黙が流れていた。

「……終わったのか?」

漆は小さく呟いた。ルカはしばらく何も言わず、やがて小さく頷いた。

「君の勝ちだ。だが、君が選んだ未来が正しいかどうかは……君自身が確かめるしかない。」

ルカの声には、どこか諦めが含まれていた。彼はゆっくりとその場から姿を消し、霧の中へと溶け込んでいった。

漆は、秩序のペンを握りしめながら、静かに目を閉じた。戦いは終わった。しかし、未来がどうなっているのかはまだ分からない。自分が選んだ道が正しかったのかどうか、これから確かめなければならなかった。

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夜明けが近づいていた。

空が薄明るくなり始め、漆は静かに息をついた。ルカとの戦いで得たもの、そして失ったもの――それらが、彼の中で複雑に絡み合っていた。

「未来は、俺が守る。」

漆はそう呟きながら、永綴をそっと閉じた。