秋が深まり、風が少し冷たく感じるようになった頃、漆(うるし)の孤独はますます深まっていた。瑠璃(るり)はまだ意識を取り戻さないままで、両親は逮捕されたまま。学校でも居場所はなく、誰も漆に近づこうとしない。すべてが灰色に見える日々だった。
両親が残した古びた本を見つけてから、漆の中には疑念がさらに膨らんでいた。その本には両親の研究の一端が書かれていたが、すべてを理解するには時間がかかりそうだった。だが、それでも少しずつ、漆は真実に近づいているという感覚があった。両親がただ罪を犯しただけではない。彼らには隠された目的があったに違いない――そう信じていた。
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ある夕方、学校の帰り道。日が沈みかけた空が赤く染まり、漆の影を長く伸ばしていた。彼はひとりで、無意識に足を進めていた。どこに向かうでもなく、ただ気持ちを整理するために歩いていた。
すると、ふと周りが静かになったことに気づいた。いつもの街のざわめきが消え、どこか異様な静けさが漂っている。漆は立ち止まり、周囲を見渡した。そこには、いつもとは違う、奇妙な気配があった。
「誰か……いるのか?」
漆は声をかけたが、返事はなかった。再び歩き出そうとしたその時、目の前に突然濃い霧が立ち込めた。
「なんだ、これ……?」
霧が急速に彼の周りを包み込み、視界が真っ白になる。驚きと戸惑いの中で、漆は一歩後ずさった。その霧の中から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。
長い黒いコートを羽織り、冷たい眼差しを持つその男は、まるで闇の中から現れたかのように不気味だった。漆は緊張し、息を呑んだ。男はゆっくりと漆に近づいてきたが、その表情には何の感情も浮かんでいなかった。
「君が漆だな。」
低く静かな声が、霧の中に響いた。その声は冷静で、落ち着いていたが、どこか底知れない力を感じさせるものだった。
「……誰だ?」
漆は警戒心を強めながらも、相手に問いかけた。男は一瞬、薄く微笑んだが、その笑顔には温かさは感じられなかった。
「俺の名はルカ。」
その名前を聞いた瞬間、漆は目を見開いた。数日前に読んだ本の中に、その名前が書かれていた。ルカ――過去を改ざんする者。彼が、両親の研究や、瑠璃が意識を失った出来事に何か関わっているのかもしれない。漆の心は、恐怖と好奇心で揺れた。
「……お前が、ルカか。」
漆は、震えそうになる声を押し殺して言った。ルカは微笑みを浮かべたまま、少しうつむいて漆を見つめた。
「そうだ。お前のことは知っている。」
その言葉に、漆はますます不安を感じた。なぜルカは自分のことを知っているのか? 彼が過去に何をしていたのか? 漆は次々と疑問が頭に浮かんだ。
「なぜ、俺のことを……?」
漆が問いかけると、ルカはゆっくりと歩き始め、漆の周りを歩きながら話し出した。
「君の両親がしていたこと、そして瑠璃が刺されたこと。すべては繋がっている。」
その言葉に漆は衝撃を受けた。両親と瑠璃の事件がどう繋がっているのか、まったく理解できなかった。
「どういう意味だ?」
漆は声を荒げたが、ルカは動じることなく、冷静に言葉を続けた。
「君の両親は、人類を救おうとしていた。だが、それは過去を変えなければ成し遂げられなかった。彼らは、未来に現れる奇病に対抗するための薬を開発していた。」
「奇病……?」
漆はその言葉に引っかかりを覚えた。奇病――それは初めて聞く言葉だった。ルカはさらに詳しく説明を続けた。
「そうだ。未来には、人類を滅ぼす奇病が広がる。それに対抗できる薬を作るために、君の両親は極秘で研究を続けていた。しかし、それには過去を改ざんする必要があった。彼らは時間を遡り、特定の歴史を変えようとした。」
その話を聞くうちに、漆の中にある疑念がさらに深まっていった。両親がそんなことをしていたなんて信じられなかった。しかし、同時に全てが繋がるような感覚もあった。
「でも、どうして……そんなことを?」
漆はようやく口を開いた。ルカは目を細め、深く息を吐いた。
「過去を変えることが、唯一の希望だった。だが、過去を変えると、時の流れが歪み始める。それを正すために、君が選ばれたんだ。」
「俺が……?」
漆は驚きのあまり、言葉が出なかった。ルカはゆっくりと近づき、漆の目を見つめながら静かに言った。
「君は、未来を救うために選ばれた存在なんだ。」
その言葉は、まるで運命のように重く漆の心に響いた。彼が何を言っているのか、すぐには理解できなかったが、漆は自分がこれまで以上に大きな力の中に巻き込まれていることを実感した。
ルカは再び歩き始め、霧の中に消えようとした。
「俺は、再び君の前に現れる。その時まで、君は自分が何をすべきか考えるんだ。」
そう言い残し、ルカは霧の中へと消えていった。漆はただ立ち尽くし、冷たい風が彼の体を包み込んでいた。
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その夜、漆は家に帰ると、自分の部屋に閉じこもった。ルカとの出会いが頭から離れなかった。過去を改ざんし、未来を救おうとしている――それが本当なら、両親は自分のために、未来のために行動していたのかもしれない。
漆の心には、新たな疑問と決意が生まれていた。自分は本当に選ばれた存在なのか? そして、未来を救うために何をすべきなのか?
その答えを見つけるために、漆は再び両親の残した本を手に取った。そして、もう一度すべてを読み直し、真実を追い求める決意を固めた。
「俺が……未来を救うんだ。」
その言葉が、彼の心に深く刻まれた。