彼女が命がけで守ってくれたのに、自分は何もできなかったという思いが漆の胸を締め付ける。そして、病室を後にすると、家に帰る道すがら心がどんどん暗く沈んでいった。
学校も変わらなかった。廊下を歩けば、クラスメイトたちは今まで以上に避けるように漆を見ないふりをした。友達だったはずの人たちも、彼が近づくとさりげなく会話をやめ、違う場所へ移動していく。それがさらに孤独感を深めていった。
「なぜこんなことになってしまったのか……」
漆は、何度も自問する日々が続いた。ある日、学校の帰り道。秋の冷たい風が漆の髪を揺らしていた。落ち葉がひらひらと地面を舞い、空はどこか悲しげに見えた。その道をぼんやりと歩いていると、突然、声が聞こえた。
「灰原。」
漆は立ち止まった。その声は、クラスメイトの一人、佐藤だった。彼は漆に近づいてくると、冷たい目で彼を見つめた。
「なあ、お前の親、本当に犯罪者だったんだろ?」
その言葉に、漆の心は冷たく締め付けられた。漆は何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。佐藤は続けた。
「だってそうじゃないか。ニュースでもやってたし、学校のみんなもそう思ってる。もう、お前のこと誰も信用しないよ。」
その言葉はまるで鋭い刃のように漆の心を刺した。彼は目をそらし、唇を噛み締めた。何を言えばいいのか、何をすればこの状況を変えられるのか、全くわからなかった。
佐藤はそれ以上何も言わず、冷ややかな表情を浮かべたまま去っていった。漆は、その場に立ち尽くしたまま、心の奥底に渦巻く疑念と怒りに打ちのめされていた。
「本当に、父さんと母さんは……罪を犯したのか?」
学校に戻っても、その疑念は消えなかった。両親が逮捕され、瑠璃が刺された。家族が崩壊し、自分だけが取り残されている気がした。学校でも誰も助けてくれない、家にも誰もいない。自分が何をしても、何も変わらないのではないかと絶望感に苛まれた。
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その夜、漆は寝室に一人で座り込んでいた。窓の外は闇に包まれており、街灯の光がかすかに照らしているだけだった。彼はベッドに横たわり、天井を見つめていたが、眠れるはずもなかった。心の中には、父と母への疑念が渦巻いていた。
「本当に、二人は悪いことをしたのか?」
警察は不正投与と隠蔽の罪で両親を逮捕した。ニュースでも報道されていたし、周囲の人々もそのことを知っていた。だが、漆の心の中では、両親がそんなことをするはずがないという思いも強かった。父と母は、いつも自分に対して正直で誠実な人たちだった。そんな人たちが、どうして犯罪を犯すだろうか?
漆は、ふと小さい頃のことを思い出した。父と母がいつも温かく接してくれて、どんなに忙しくても家族との時間を大切にしてくれた記憶が甦ってくる。彼らが悪いことをするはずがない――そんな信念が心にあった。しかし、それでも現実は、彼らが逮捕されているという事実を否定できなかった。
「何が本当なんだ……?」
漆は疑念に囚われ続け、心が引き裂かれるような思いだった。真実を知りたい。自分の両親が何をしたのか、その本当の理由を知りたいという強い欲望が漆の中で膨らんでいた。
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翌日、漆は再び学校に行ったが、心はすでに決まっていた。もうこのままではいけない。真実を突き止めるために、何かしなければならない。彼は決意を胸に秘め、学校の授業中も心ここにあらずの状態だった。
その日の放課後、漆は誰にも告げずに一人で行動を始めた。まずは家にある両親の書斎や手がかりになりそうなものを調べることから始めようと考えた。彼は何も知らないまま、ただ疑念に支配されるわけにはいかなかった。
家に帰ると、まずは父の書斎に向かった。そこには父が使っていた仕事道具や書類が無造作に置かれていたが、目立った異常はなかった。しかし、漆はそのまま引き下がらなかった。何か、真実を示す手がかりがあるはずだ。彼は父の机の引き出しや、本棚を注意深く調べ始めた。
そして、その時だった。一冊の古びた本が目に入った。机の奥にしまい込まれていたそれは、他の書類や本とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。漆はその本を手に取り、表紙をそっと開けた。
中には、数枚の手書きのメモと、何か重要な記録が書き留められているようなページが広がっていた。漆は驚愕し、その場に座り込んだ。
「これが……真実なのか?」
漆はその本を見つめ、心臓が早鐘を打っていた。