クロノ・レクタスの店内には、かつてのような静寂と規則正しい歯車の音が戻っていた。歪んだ時間の影響で軋みをあげていた大きな歯車も、今は穏やかに動いている。ルカはその音を聞きながら、ほっと胸をなで下ろした。
アリアは、漆が渡してくれた特効薬のおかげで、快方に向かっていた。蒼白だった彼女の頬には少しずつ血色が戻り、息遣いも穏やかになっている。ルカはベッドの傍らで、彼女の手を優しく握りながら、その小さな変化に気づくたびに心が温かくなるのを感じていた。
「アリア……本当に良かった……」
ルカの目には涙が浮かんでいた。過去を変えた代償は大きく、彼自身も何度も後悔し、自分を責めたが、今はただ、妹が助かったことに感謝の念が湧き上がる。
「兄ちゃん……」
アリアが薄く目を開け、弱々しいながらも微笑んだ。彼女の声はまだか細かったが、その中にはしっかりとした意志が感じられた。彼女はルカの手をぎゅっと握り返す。
「大丈夫だよ、アリア。もう、心配しなくていいんだ。お前はもう元気になる。」
ルカは優しく微笑み返し、彼女を安心させようとした。アリアの小さな手の温もりが、ルカの胸に新たな決意を生み出していた。
店の奥では、霧人が漆と共に、時間の歪みの最終確認を行っていた。歯車が正確に回転していることを確認した霧人は、深く息をつき、安心した表情を見せた。
「これで、ようやく時間は元に戻ったな……」
漆は無言で頷きながらも、その冷静な眼差しで店内を見渡していた。時間の流れが正常に戻ったことは確かだが、彼の心にはまだ複雑な感情が渦巻いていた。
「お前、本当にあいつを信じてるんだな」
漆は霧人に向かってそう呟いた。霧人は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに静かに頷いた。
「ルカは俺の友人だ。彼は過去に干渉したけれど、その結果を正面から受け止めている。それに、彼がどれだけ苦しんだかも知っている。だから、俺は彼を信じる。」
漆はその言葉に黙っていたが、どこか納得している様子だった。彼自身も、ルカがこの困難な状況に立ち向かい、結果として妹を救い出したことを見て、その覚悟を理解していたのだろう。
「まあ、お前がそう言うなら信じるさ。でも、この先も気を抜くなよ。時間を操作することのリスクはこれで終わりじゃない。」
霧人は静かに頷き、二人はその場を後にした。
アリアが回復したことを確認したルカは、今度は霧人と漆の元へ向かった。クロノ・レクタスの静寂が戻った今、彼には伝えたいことがあった。
「霧人、漆……本当にありがとう。お前たちのおかげで、アリアは助かった。俺一人じゃ到底ここまで来られなかった。」
霧人はルカの言葉を受けて、にこりと笑った。「いいってことさ。俺たちは友達だろ?」
漆は口を挟むことなく、ただ静かに頷いたが、その眼差しには感謝の気持ちを伝えようとしているルカに対する尊敬の念が含まれていた。
しかし、ルカの表情にはまだどこか迷いがあった。彼は過去を変えることで生まれた大きなリスクを身をもって体験した。アリアを救いたいという一心で行動したが、その結果が世界全体を危機に陥れた。
「俺は、過去に干渉してはいけないってことをようやく理解した。時間を操作することが、どれだけ危険なことなのかを……。」
ルカの言葉には、苦い経験から得た深い教訓が込められていた。過去に触れることで、想像以上の影響を与えるという事実を知り、彼は決して同じ過ちを繰り返さないことを強く心に誓った。
「もう二度と、過去を変えようとはしない。俺は今を生きて、未来を守るために進んでいく。」
霧人はルカの決意に共感し、静かに頷いた。「その方がいいさ、ルカ。俺たちにできるのは、今を大切にし、未来を守ることだ。」
「お前がそう決めたなら、それが正しい道だろう。」漆もまた、ルカの言葉に共感しながら、淡々とした声で言った。
店の外には新しい朝が訪れていた。時間の歪みは修復され、アリアも回復した。ルカは新たな一歩を踏み出す決意を胸に、クロノ・レクタスの扉を開けた。
太陽の光が、柔らかく彼の背中を照らす。
「さあ、これからは未来だ……」
彼は静かに呟き、未来に向かって歩き出した。過去の教訓を胸に、家族を守るため、そして自分自身の未来を切り開くために。