クロノ・レクタスの店内は、いつもとは違う異様な空気に包まれていた。時計の針は狂い、壁にかかる大きな歯車はまるで苦しみを訴えるかのように軋む音を響かせている。ルカは店の中央に立ち、目の前で起こる現実に恐怖と後悔が押し寄せていた。
「こんなことになるなんて……」
彼は手のひらをぎゅっと握りしめ、自分がしてしまった過去の干渉の結果を呆然と見つめていた。アリアを救うために過去に戻り、彼女を事故から救い出したはずが、戻ってきた現代ではアリアが原因不明の病に倒れ、歯車が狂い始め、時間そのものが崩れつつあった。全ては自分が過去に干渉した代償だ。
「ルカ、しっかりしてくれ!今は後悔している場合じゃない!」
霧人の声が店の奥から響いた。彼は必死にクロノ・レクタスの巨大な歯車の調整を試みていたが、歯車はまるで意思を持っているかのように、狂った動きを止めようとはしない。店内の空間が揺れ、まるで時間そのものが軋んでいるかのような異様な雰囲気が漂っていた。
「このままだと時間が完全に崩壊する……歯車の暴走を止めなければ!」霧人は額に汗をにじませ、必死に工具を握りしめていた。
ルカは震える手で自分の顔を覆いながらも、ようやく現実に向き合い始めた。自分が過去を変えたことで、全てが狂い始めている。アリアを救いたいという思いが、こんな大きな代償を伴うとは思いもよらなかった。
「過去は……変えてはいけなかったんだ……」
ルカはつぶやく。彼の言葉には深い後悔と絶望が込められていた。だが、歯車の狂いはその言葉に応えることなく、さらなる暴走を続けていた。
その時、店のドアが静かに開いた。
「ルカ。」
低く、落ち着いた声が響く。ルカが振り返ると、そこに立っていたのは瑠璃の兄、漆だった。彼は静かに店内に足を踏み入れ、その鋭い目で全てを見通すかのように、歯車の暴走とルカの絶望的な表情を観察していた。
「漆……どうしてここに?」
漆は答えることなく、懐から小さな瓶を取り出した。それは透き通った液体が入った瓶で、どこか神秘的な輝きを放っていた。
「これが、アリアを救うための特効薬だ。」 漆はその瓶をルカに差し出し、冷静な声で続けた。「この薬を使えば、彼女の病を治すことができる。しかし、それだけでは終わらない。」
「どうして……お前がこの薬を持っているんだ?」
漆は静かに視線を歯車に向けた。「瑠璃の死を無駄にしたくなかった。それに、俺は時間の歪みを感じ取ることができる。お前が過去に干渉したことで、時間そのものが崩れ始めている。だから俺はお前に協力するためにここに来た。」
ルカはその言葉に驚きを隠せなかったが、すぐにアリアを救わなければならないという思いが彼の胸を突き動かした。「ありがとう……漆。」
しかし、漆はそのまま続けた。「ただし、この薬だけでは全てを解決することはできない。時間の歪みを修正しない限り、世界は崩れ続ける。俺たちは、永綴と秩序のペンを使い、歪んだ時間を安定させなければならない。」
「永綴と秩序のペン……?」
漆は小さなペンを手に取り、それが持つ力をルカに見せた。「これを使えば、時間の乱れを抑えられる。だが、成功するかどうかはお前次第だ。お前が過去に干渉したことを悔い、未来を修正する意思があるなら、ペンはお前に応えてくれるだろう。」
ルカはペンを見つめ、そして漆の言葉を静かに受け止めた。過去を変えたことで生まれた時間の歪み、その責任は自分にある。アリアを救うだけではなく、世界そのものを救うために、彼は再び立ち上がらなければならなかった。
「わかった。やってみる。」
漆は静かに頷き、ペンをルカに渡した。ルカはそのペンを手に、再び歯車が暴走するクロノ・レクタスの中心に立った。彼は深く息を吸い、ペンを掲げた。ペンが静かに輝き出し、歪んだ時間の軌跡が少しずつ安定していく感覚が広がっていった。
歯車の音が徐々に落ち着き始め、煙が消えていく。その瞬間、ルカの心の中にも安堵が広がっていった。過去を変えた代償は大きかったが、彼は漆と共に未来を取り戻すための戦いに勝ったのだ。
アリアの病は、漆が渡した特効薬のおかげで快方に向かった。ルカは彼女の手を握りしめ、もう二度と彼女を失うことはないと誓った。
「ありがとう、漆。」ルカは漆に深く感謝の言葉を伝えた。
漆は静かに頷き、「過去を変えることには常に代償が伴う。だが、それでも大切なものを守るために何を選ぶか、それはお前次第だ。」とだけ言い残し、静かに去っていった。
時間は再び正常に戻り、歯車は規則正しく動き始めた。クロノ・レクタスの静寂の中で、ルカは新たな決意を胸に刻んだ。時間を操ることの恐ろしさと、それでもなお守りたいものがあるということを。