クロノメーターの完成が近づき、ルカと霧人は新たな試みに挑もうとしていた。彼らの目標は、過去に干渉し、神埼母子殺人事件を防ぐこと。事件は5年前、ルカの妹アリアが仲良くしていた紅葉の家族が襲われ、母親と共に命を奪われた悲劇だった。その記憶は今も鮮明に残っており、ルカにとって、どうしてもこの事件を防ぎたいという強い思いがあった。
「本当にこれで過去に行けるのか…?」ルカは手にしたクロノメーターをじっと見つめた。その小さな装置が、過去と未来を繋ぐ鍵だというのは信じ難いが、時の砂を使って目の前から時計が消えたあの瞬間が現実だとすれば、この装置にも信じる価値がある。
「行けるさ、ルカ。お前が作ったんだ、信じろ。」霧人は静かに声をかけた。彼の目には冷静な決意が宿っていた。彼もまた、この実験が成功すれば、自分の見ていた「具の国」や永逝にまつわる謎が解明できるかもしれないという期待を抱いていた。
ルカは霧人の言葉に励まされ、クロノメーターを慎重に動かした。装置が静かに振動し、時の砂がきらめきながら空間を包み込む。次の瞬間、二人は不思議な浮遊感に包まれ、視界が歪んでいった。
目を開けると、二人はすでに5年前の街の中に立っていた。周囲の風景はかつての記憶と寸分違わず、街並みは変わっていない。ルカと霧人は緊張感を抱えながら、神埼家へと向かった。ルカの心は鼓動を速め、成功への期待と不安が交錯していた。
「絶対に成功させる…絶対に。」ルカは自分に言い聞かせた。
神埼母子が殺された事件の前日、二人は家の前で待機し、慎重に行動を観察していた。霧人は冷静さを失わず、周囲を警戒し続けていたが、ルカは感情が揺さぶられ、早く行動に移したい気持ちを抑えるのに必死だった。
「ルカ、焦るな。まだタイミングじゃない。落ち着いていこう。」霧人が静かに諭す。彼は過去に干渉するリスクを理解していた。些細なことでも、未来に大きな影響を及ぼす可能性があるからだ。
ようやく、夜が深まり、事件が起きるであろう時間が近づいてきた。ルカは息を飲み、ドアの前で待つ。しばらくして、不審な男が現れた。その男が母子を襲う犯人だということは、過去の事件記録で知っている。ルカは一瞬躊躇したが、勇気を振り絞り、霧人とともにその男を取り押さえた。
「やった…救えたんだ!」ルカは胸の中で喜びが溢れるのを感じた。神埼母子は無事に保護され、殺人事件は防がれた。ルカは自分の力で大切な人を救えたという思いに満ちていた。
その夜、二人は現代へと戻るために再びクロノメーターを使用し、元の時間軸へと戻ってきた。ルカは達成感に浸り、過去を変えられたことを喜んでいた。しかし、現代に戻るとすぐに、何かが違うことに気づき始める。
アリアとよく遊んでいた近所の仲良し三人組の一人、瑠璃が通り魔に襲われて命を落としていた。ルカはそのニュースを聞いて愕然とした。あの事件を防いだことで、別の不幸が生まれてしまったのだ。
「どうして…?」ルカは声を震わせた。「神埼母子を救ったのに、なんで瑠璃が…」
さらに、学校ではナオが紅葉にいじめられているという現実が待っていた。紅葉は、かつて母親を失うという悲劇に見舞われたはずだったが、その運命を回避したことで彼女の性格が歪んでしまったのか、ナオに対するいじめが激化していた。
ルカは頭を抱えた。過去を変え、小さな不幸を防いだはずが、別の不幸を招いてしまったことに、どうしても納得がいかなかった。
「小さな不幸を一つ消しただけなのに、なぜ別の不幸が生まれるんだ?」ルカは疑念に満ちた声で霧人に問いかけた。
霧人は冷静な表情を保ちながら、静かに答えた。「時間というのは、バランスを取ろうとするんだよ。過去を変えれば、必ずその代償が生まれる。俺たちは、ただその一つを目撃しただけなんだ。」
「でも、そんな…」ルカは言葉を失い、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。彼が望んだのは、ただ大切な人を救うことだけだった。それなのに、その代償として別の人の命が奪われ、さらに友人の関係までが歪んでしまった。
「ルカ、過去を変えるってのは、簡単なことじゃないんだ。俺たちはもっと慎重に考えるべきだったかもしれない。」霧人の声は穏やかだったが、その言葉には重みがあった。
ルカはうつむき、静かに呟いた。「過去を変えるって、こんなに難しいことなんだな…」
こうして二人は、過去を改変することの恐ろしさとその代償を思い知らされた。たとえ小さな不幸を防いでも、その影響は予想以上に広がり、さらなる悲劇を生む可能性がある。ルカは再び、自分の選択が正しかったのかどうか、深い迷いの中に立たされることとなった。