クィルアンカのカフェの静けさが、紅葉の心に重く響いていた。カバンの中には、瑠璃の日記が入っている。前回、ナオにその日記を見せたが、どうしても心の中にある瑠璃への思いを整理することができず、紅葉は再びナオと会うことにした。瑠璃に似た優しさと共感力を持つナオなら、きっと何か答えを見つけられるのではないかと思っていた。
ナオは、カフェの隅に座りながら静かに紅葉を見つめていた。彼女は優しく微笑み、紅葉が話し出すのを待っていた。紅葉は迷いながらも口を開いた。
「やっぱり、瑠璃の気持ちがどうしても知りたくて…。ナオなら、何か分かるんじゃないかって思ったんだ。」紅葉の声には、微かな期待と不安が入り混じっていた。
ナオは頷き、「紅葉がそう感じるのなら、一緒に考えよう。」と言いながら、紅葉が取り出した瑠璃の日記を見つめた。
紅葉は、ナオがそばにいることで少し安心し、もう一度日記を開いた。ページをめくると、そこで何かが挟まっていることに気づいた。紙の感触――それは手紙だった。前回、日記を読んだ時には気づかなかったが、今日になってこの手紙が目に入ったのだ。
「…手紙?」紅葉は驚いて手紙をそっと取り出した。封筒には「紅葉ちゃんへ」と書かれている。
紅葉は息をのむ。瑠璃が自分に宛てて書いた手紙だった。胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えながら、紅葉は手紙を開き、その文字をじっと見つめた。
「優しすぎる紅葉ちゃんへ。
わたしね、ずっと紅葉ちゃんに感謝してるんだ。小さい頃、私が描いたへたくそな絵本を褒めてくれたの、紅葉ちゃんだけだったよ。みんなは笑ってたのに、紅葉ちゃんだけは一緒に楽しんでくれた。あの時のこと、今でも大切な思い出だよ。
でもね、もしクラスで私のことで辛いなら、私のことは忘れてもいいんだよ。大丈夫だから。私は紅葉ちゃんのこと、ずっと信じてるからね。紅葉ちゃんのこと、絶対に忘れないから!」
紅葉は涙をこらえながら手紙を読み終えた。瑠璃が、過去の苦しみを抱えながらも、常に自分のことを思ってくれていたことが、この手紙で痛いほど伝わってきた。
「瑠璃は…私が助けなかったことも、全て分かっていて、それでも私を信じてくれてたんだ。」紅葉は震える声でナオに言った。
ナオは静かに紅葉を見つめ、「瑠璃ちゃんは、紅葉が自分を責めないことを願っていたんだね。きっと、紅葉のことをいつも見守っていたんだと思う。」と、そっと励ました。
その瞬間、紅葉は小学校の時のことを思い出した。クラスの嫌われ者だった翔太のことを、瑠璃が庇った出来事。翔太は孤立して悪さばかりしていたが、瑠璃だけは彼を責めず、逆に先生から叱られるのを止めたのだ。
「瑠璃は、あの時からずっと優しかった…。翔太くんをみんなが責めている時も、瑠璃だけは彼の気持ちを理解して、先生が叱るのを止めたんだ。」紅葉は昔の出来事をナオに語った。
瑠璃は、いつでも他人の痛みを理解し、優しさを持って接していた。そして今、自分がその優しさの中で支えられていることを、紅葉はようやく理解できたのだった。
「瑠璃はずっと、私のことを信じていてくれたんだね…。この手紙を読んで、やっと彼女の気持ちが分かったよ。」紅葉は涙を拭い、少し微笑んだ。
ナオも微笑んで、「瑠璃ちゃんは、紅葉の優しさに気づいていたんだね。そして今も、それが伝わっている。」と、紅葉を見つめた。
紅葉は心の中で、瑠璃への感謝と、彼女が自分に教えてくれた優しさを胸に刻んだ。そして、今ここにいる自分の存在を大切にしようと決意したのだった。