フィオナは、その日の夜、いつもより早く帰宅していた。学校から帰ると、妹のナオがまだ部屋に閉じこもっているのを感じ取った。最近のナオは、家にいる間も心ここにあらずといった様子で、食事もほとんど取らず、ほとんど話しかけてくることもなくなっていた。フィオナは、そんなナオの異変を見て心配していたが、どこかで自分の中にも答えがあることに気づき始めていた。
自分のことに集中しすぎて、ナオに気を配れていなかったのではないか。霧人への失恋による心の痛みが深すぎて、ナオの小さな変化を見逃していたのではないか。フィオナの心には自己嫌悪の影がさしていた。
ナオの部屋の前に立ち、フィオナは一瞬ためらった。普段なら「少し時間を置けば話してくれるかもしれない」と思い、何も言わずに過ごしてきたが、この日は違っていた。ナオの沈黙は日に日に深刻さを増しているように感じていた。扉越しに聞こえる小さなすすり泣きが、フィオナの胸を締め付けた。
ドアをノックし、フィオナは静かに声をかけた。"ナオ、大丈夫?"
しばらく返事はなかったが、フィオナはあきらめずにもう一度呼びかけた。"ナオ、私だよ。話してもいいかな?"
ドアの向こうから聞こえてきたのは、小さな震えた声だった。"お姉ちゃん、入ってもいいよ…"
フィオナはドアを開け、ナオの部屋に入ると、ベッドの上で膝を抱えて座っているナオの姿が目に入った。彼女の顔には涙の跡が残り、瞳は赤く腫れていた。フィオナはその姿を見て、今すぐにでもナオを抱きしめたい衝動に駆られたが、まずはナオの気持ちを聞くことが先だと思い、そっと彼女の隣に座った。
"ナオ、どうしたの?最近、全然話してくれないし、心配してたんだよ。"
ナオは、しばらく言葉を探しているようだったが、やがてぽつりと口を開いた。"…学校で、いろいろあって…。友達だと思ってた子たちが…私のこと、いじめてるんだ。"
その言葉を聞いた瞬間、フィオナの心に衝撃が走った。ナオがいじめを受けていたなんて、全く気づいていなかった。フィオナは自分を責めたい気持ちを押し殺し、まずはナオに寄り添おうと心に決めた。
"ナオ、それは君のせいじゃないよ。絶対に一人で悩まないで。私はいつでもそばにいるから、何でも話してくれていいんだよ"とフィオナは優しく言った。
ナオは目を潤ませながら、フィオナを見上げ、"…でも、みんな私が悪いって言ってる。だから、私が弱いんだって思って…"と震える声で答えた。
フィオナはナオの手をしっかりと握りしめ、"そんなことないよ。誰もそんなふうに言っていい理由なんてないんだ。ナオは何も悪くない。どんなときも、私は君の味方だよ"と語りかけた。
その言葉を聞いた瞬間、ナオは大きな涙をぽろぽろとこぼし始めた。フィオナはそんなナオをそっと抱きしめ、ナオがどれだけ苦しんでいたかを肌で感じながら、胸の奥で強い決意を固めた。これからは、ナオを一人で悩ませることなく、しっかりと支えていこう、と。
"ありがとう、お姉ちゃん…"とナオは泣きながらフィオナの胸に顔を埋め、ようやく少しだけ心の重荷を下ろすことができたようだった。
その晩、フィオナは自室に戻り、考えを巡らせた。失恋で自分も傷ついているが、今はそれよりもナオを助けることが先だ。妹がこんなにも苦しんでいるのに、自分の痛みにばかり集中していたことが、申し訳なく思えた。
翌日、フィオナは学校でナオを見守りながら、彼女の状況を少しでも改善するために何ができるかを考えていた。ナオが少しでも元気を取り戻し、自信を取り戻すためには、まずフィオナが全力でサポートし、ナオに安心感を与えることが大事だと思った。
しかし、フィオナ自身も心の中では霧人への思いがくすぶっていた。失恋したばかりの彼女は、霧人と顔を合わせるたびに胸が痛んだ。霧人との関係を整理しなければ、ナオのために全力で立ち向かうことができないのではないか――そんな思いも頭をよぎっていた。
フィオナにとって、失恋とナオのいじめという二つの問題は、自分自身を見つめ直す機会でもあった。心の痛みを抱えながらも、フィオナはナオとの絆を深め、霧人への想いに折り合いをつけながら、自分の成長を促していくことになる。
彼女は決意した。ナオがこの苦しい状況を乗り越えられるよう、できる限りのサポートをする。そして、自分もまた、一歩一歩前に進むために、心の整理をしていかなければならない。フィオナにとって、この試練は、彼女自身の強さを試される機会だった。