タイトル

第1話:「過去の影」

ナオの部屋はいつもと同じ静けさに包まれていたが、彼女の心はその静けさと正反対にざわめいていた。机に広げられたノートに、ナオは無意識のうちにペンを走らせていた。清華、アデル、そして「永綴の軍」という単語が、まるで彼女の中から溢れ出るように綴られていく。しかし、ナオ自身はその内容に何の意図も持っていなかった。ただ、心の奥底に何か引きずられるような感覚を抱きながら、言葉を紡いでいたのだ。

ナオはその場面を再び思い出していた――中学校の教室。机に向かって物語を書いていた時のこと。突然、神崎紅葉が取り巻きを連れて彼女に近づいてきた。

「ナオちゃん、また何か書いてるの?どんなこと書いてるのか、見せてよ!」

紅葉の声は明らかにからかいの色を帯びていた。ナオは机の上に広げられたノートを慌てて閉じようとしたが、紅葉はそれを素早く引ったくり、周囲の笑い声を背に得意げにノートをパラパラとめくり始めた。

「へぇ、これって何の話?」

紅葉は少し大げさに声を張り、ナオのノートに書かれた一節を読み上げ始めた。

「『セレナは天刻の筆を握りしめ、目の前に立ちはだかるアデルを睨みつけた。永綴の軍が迫り来る中、二人の間に交わされたのはただの沈黙。だが、その沈黙が運命を動かすときだった…』」

紅葉がその一節を読み上げると、周囲の取り巻きたちは一斉にクスクスと笑い出した。ナオは羞恥と恐怖で動けず、紅葉の声が耳に刺さるようだった。

「何これ?永綴の軍?セレナとアデル?何かのファンタジー?それとも、前世の話でもしてるつもり?」

紅葉の嘲笑はますますエスカレートしていく。彼女はナオの書いた文章を面白おかしく茶化し、無意味だと嘲るように続ける。

ナオの胸は強く締め付けられるようだった。紅葉の言葉が深く突き刺さり、自分が何をしていたのかすらわからなくなっていく。自分が書いていたのはただの物語だと信じたかったが、紅葉の読み上げた言葉がどこか現実味を帯びているように感じられた。

ナオが物語を書く様子

ナオは紅葉に対して反論することも、ノートを取り返すこともできなかった。ただ、自分の書いたものが誰かに笑われ、否定されることに耐えるしかなかった。その瞬間、自分が書いた言葉が無意味であり、誰にも理解されないと感じてしまったのだ。

「やっぱり、私は無価値なんだ…」

ナオの心には、紅葉の言葉が深く刻まれていった。彼女が自分の心の中から紡ぎ出した物語――それが無価値であるという思いが彼女の自己肯定感をさらに蝕んでいく。